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りんぐ あ いえろー べる

反省をたくさんするたかきおすのサブブログ

滝沢'sの歴史

日記

自身の人生の分岐点なので定期的に掘り起こしてる。今回はきちんと残す用。

 

2014年8月

わたあめ*1と、ぎん*2が運営していた綿銀杯が開催されようとしていた。

僕はこの頃、いたって普通の人間でリア垢しか持っていない人だった*3

と、同時期えあだいはバインとある人と綿銀杯に出ようとしていたけどある人が急遽出られないということで人を急遽募集していた。

えあだいはそれまでに2,3回リプライをくれていたけどこちらからリプライを飛ばしたことは無かったし、バインに関してはえあだいのRTとアクティビティで回ってくる、「おちんちんおいし~(^O^)」のイメージしか無かった。

めちゃくちゃ迷ったけど当時は大学にポケサーも無く一緒にポケモンをやる人もいなかったし、レートも初めて1800に乗っけてたので*4まぁそこまで迷惑をかけることも無いだろうと参加したいとえあだいに声をかける。

 

大会は結果準優勝。自分は3-2だった。今でもこの5戦のBVは保管していたり。そこから結果に飢えた僕はえあだいとバインに色々な事を聞いたり、フレ戦募集してたら積極的に声をかけたりしたけどアレ正直めちゃくちゃうざそう。

2人にはいまでも感謝しています。本当にありがとう。

 

ちなみに初オフはキツネの社mf。初宅オフもこのときでえあだいを招く。*5。その数週間前にオフ会みたいなことはやったことがあったけどやっぱり緊張だった。

ここで滝沢君と会った気がする。てか、色々な人と会った。

 

その数か月後、またチーム戦があり3人で出ようということに。そしてできた名前が滝沢's。ちなみに3回戦敗退。弱かった。

 

その次の週。ビルドアップ滝沢。結果は忘れた。

 

滝沢みてるか?俺たちは勝つぞ。

@ああああ動画あげろ。

 

考えたのは全部バイン。センスがやばい。

 

2人に合っていなかったときの今を考えても全く想像できない。けど、今の環境が楽しいのは事実です。

 

元はと言えば綿銀杯が無かったらこの出会いも無いわけだから開いた2人には感謝してるし、僕も出会いを増やして欲しいので主催するようになりました。

 

おしまい。何か2人が消えても僕はずっとTwitterにいそう()

*1:オフで椅子蹴って帰った人

*2:ごちうさんかく

*3:今のアカウント。ちなみにオタクじゃない人は全員ブロ解してリア垢作ってフォローした。

*4:2000オーバーがわんさかいるTwitterの世界を知らなかった

*5:ギンガもいた